ユーロ危機:焦点となるフィンランド
The euro crisis : The Finn red line
英国エコノミスト誌 2012年8月25日号より
「無風状態(doldrums)」
「8月らしい8月」と言われた今年の8月(August)。休暇のシーズンらしく、近年には珍しく静かな8月でした。去年・一昨年とユーロ危機でバタバタしていたユーロ圏でさえ、この8月は無風状態(doldrums)でした。
その一因は、ECB(欧州中央銀行)の総裁、マリオ・ドラギ氏が、「ユーロを守るためには、必要なことは何でも(whatever it takes)やる」と豪語したことにもありました。彼は「私を信じてくれ(believe me)」とまで熱く語ったのです。
「さらなる小康状態(an extended lull)」
休暇もそろそろ開けようとする今日この頃、この小康状態(lull)がさらに続くとは思わない方が賢明かもしれません。
借金返済の時間的猶予(more time)を求めているギリシャは、次回分の救済(next tranche)が実行されるかどうかは、まだ承認されていませんし、イタリアとスペインで危機的水準にあった国債利回りが、再び燃え上がるかもしれません(ドラギ総裁の熱弁により、一時的に沈静化はしていますが…)。
「緊縮志向(austerity-minded)」
ドイツを始めとした倹約的な北方の国々は、南方のギリシャ・イタリア・スペインなどがビーチで遊ぶように浪費することを快く思っていません。
ドイツは断固としてギリシャへのさらなる救済を拒んでいるようにも見えますし、イタリアやギリシャの国債をECB(欧州中央銀行)が買い支えることに反対しています。
「借金の肩代わり(to shoulder the debts)」
倹約的な北方のフィンランドも、その思いはドイツと同じです。自分たちがコツコツ貯めてきたお金を、遊び上手の国々に消費されることに怒っているのです。
「他国の借金の肩代わり(to shoulder)はゴメンだ」と公言したフィンランドの財務相。他人の借金を背負うくらいならば、ユーロを離脱するくらいの気迫を見せています。
Source: economist.com via Hideyuki on Pinterest
「グリグジットか、フィグジットか(Grexit or Fixit)」
グリグジット(Grexit)とは、ギリシャがユーロを離脱(exit)すること、一方のフィグジット(Fixit)はフィンランドがそうすること。
ギリシャ離脱は落ちこぼれのそれとなりますが、フィンランドの場合は、ユーロに愛想をつかして三行半(みくだりはん・離縁状)を叩きつけるようなものとなります。
「最も失うモノが大きく、最も得るモノが少ない(most to lose, least to gain)」
17あるユーロ圏諸国のうち、ユーロ救済によって、フィンランドほど失うモノが大きく、得るモノが少ない国はありません。
フィンランドの債務はGDP比のわずか53%、ユーロ圏諸国の中でも最優良の低さで、借り入れコストもドイツ並みの低さを誇っています。一方、ユーロ圏の債務を合計すれば、それはGDP比で90%を超えてしまうのです。
「高齢化(ageing population)」
フィンランドが借金を抑える地道な努力を続けてきたのは、国民の高齢化が、日本同様に急速に進んでいるからでもあります。これから稼ぎ手の力が弱まっていくのを見越して、できるだけ借金は避けてきたのです。
ところが、ここにきて他国の借金を肩代わりしなければならない可能性が高まってきました。しかも、フィンランドよりも高齢化が急速に進むイタリアのために…。
「ユーロ諸国との関係の薄さ(less integrated into the euro zone)」
幸いにもフィンランドは、問題のあるユーロ圏諸国に対する直接投資(direct exposure)は、ほとんど行っていません。これはドイツやフランスなどとは全く対照的です。そして、フィンランドのユーロ圏向けの輸出は、全体の31%という低さです。
つまり、フィンランドはユーロ圏の中でも、ユーロ依存の少ない国家の代表格ということです。
「ユーロ圏以外(outside the euro zone)」
フィンランドの依存する外国市場は、ロシアやスウェーデン、ノルウェーなど、ユーロ圏以外の国々です。
向かいのスウェーデンなどは、ユーロなしでもフィンランドより急速に経済を成長させています。これでは、フィンランドがユーロに対して疑いの目を向けるのも、無理はないでしょう。
「ロシア勢力圏(Russia's orbit)」
今のフィンランドは、ユーロに足を引っ張られているところもありますが、それでもユーロを離れる可能性はまだ低いと見られています。
フィンランドがもっと恐れるのは、歴史的に脅威を受け続けたロシア勢力圏(Rossia's orbit)へと組み戻されてしまうことです。ただでさえ現在でも、フィンランドの最大供給国(biggest supplier)はロシアなのです。
「大合意(grand bargain)」
傾いたユーロを立て直すための大合意(grand bargain)には、フィンランドが他国の借金を肩代わりすることになる債務の相互化(pooling debts)が含まれることになるかもしれません。
ロシアか? ユーロか? この二者択一のもとでは、フィンランドは迷いなくユーロを選ばざるをえないのです。
「怒れるフィンランド人(the furious Finns)」
冷静になれば、ユーロにとどまる決断はきっと賢明なのでしょう。たとえ、得るモノが少なく、他国の借金を背負ったとしても…。
しかしそれと感情は別問題。怒れるフィンランド人(the furious Finns)も、そこにはいるのです。「真のフィンランド人党(True Finn Party)」という極端な思想をかかげる政党は、その代弁者でもあります。
フィンランドがユーロの席を蹴るとき、それは理性が感情を抑えきれなくなった時かもしれません…。歴史はいつもいつも冷静とは限らないのです…。
英語原文:
The euro crisis: The Finn red line | The Economist