2012年10月31日

早急な緊縮策がふさいだ成長への道


財政と景気:近道はない
No short cuts

英国エコノミスト誌 2012年10月27日号より



「財政・金融による刺激策(fiscal and monetary stimulus)」

リーマン・ショックに端を発した世界的な景気後退(recession)。

それは、各国の行った積極的な財政・金融による景気刺激策(fiscal and monetary stimulus)によって、打ち負かすことができたように思えました(vanquished)。これは2年前の話です。



「財政再建(fiscal consolidation)」

景気刺激策というのはお金のかかるものでありますから、景気後退さえ打ち負かしてしまえば、無駄な出費は避け、財政再建(fiscal consolidation)に乗り出さなければなりません。

その結果、ここ2年間で先進国の財政赤字(deficits)はGDP比で0.75%削減される見込みです。



「経済を覆う闇(economic gloom)」

ところが、各国政府が景気刺激策から手を引いた途端、やっつけたと思っていた敵(foe)は徐々に息を吹き返してしまいました。

どうやら、景気後退を退散させるためには、刺激策が十分ではなかったらしく、背を向ける(left behind)のが早すぎたようです。その闇(gloom)はふたたび世界を覆い始めています。さらに深くなって…。



「刺激策から緊縮へ(from stimulus to austerity)」

財布のヒモを緩める景気刺激策(stimulus)から、逆に緊縮(austerity)へと各国政府を向かわせたのは、支払い能力への不安(solvency worries)、つまり、借金が返せなくなるかもしれないという不安があったためです。

とりわけギリシャへの不安が掻き立てられると、次は自分の番かもしれない(they might be next)と、各国政府は戦々恐々としてしまったのです。



「緊縮財政(belt-tightening)」

危機が去ったかに思われた2年前、IMF(国際通貨基金)は各国に緊縮財政(belt-tightening)を呼びかけました。

論争(controversy)が巻き起こったのは、この時です。一部の学者は緊縮財政は早計であり、利益より害の方が大きくなるかもしれない(cuts could do more harm than good)と警告したのです。



「財政乗数(a fiscal multiplier)」

こうした議論の中心となったのは、経済学で「財政乗数(fiscal multiplier)」と呼ばれる変数(variable)についてのものでした。

財政乗数とは、政府の緊縮財政がGDPにどれほどのインパクトを与えるかを示す数字です。たとえば、乗数が「1.5」の場合、政府が支出を1ドル削減すれば、GDPはその1.5倍の1.5ドル減ることになります。

つまり、財政乗数がその国のGDPの成長率を超えてしまうと、その緊縮財政は経済に打撃を与えてしまうこととなるのです。



「単純な例(a simple example)」

たとえば、ある国の経済成長率が「1.5%」だったとします。もし、財政乗数がその成長率より大きい「2」の状態で、政府がGDP比1%の緊縮財政(spending cut)を行えば、それは経済成長に2倍の悪影響、つまり2%のマイナス効果をもたらします。

その結果、政府が行った1%の緊縮というのは水泡に帰すことになります。なぜなら、緊縮によって経済規模が小さくなるのであれば、小さくなったGDPに対する借金比率(debt-to-GDP ratio)が上昇してしまうからです。

この場合、緊縮できるギリギリのラインはGDP比0.75%までということになります。乗数によって2倍になっても、成長率の1.5%を超えません。



「2年前の分析(2010 analysis)」

IMF(国際通貨基金)による2年前の分析(analysis)によれば、財政乗数は「0.5」でした。すなわち、緊縮財政に踏み切っても、その半分しかGDPに影響を与えないと考えたのです。それゆえ、各国に緊縮財政を呼びかけたのでした。

しかし、財政乗数に関する試算(estimates)は多岐に渡ります(all over the map)。そんな中、同じ2年前の大方の一致した財政乗数は「1前後」。これはIMFの試算に比べて、2倍も厳しく現実を見つめていたものでした。



「相殺(can offset)」

IMFの試算が甘かったのは、緊縮財政による打撃(the blow)は、ほかの要素で相殺できる(offset)と考えていたためです。

政府の緊縮財政が、民間部門(private-sector)に拡大の余地(room)を与えるというのが、その理由です。つまり、民間企業のクラウドイン効果を期待していたのです。



「中和(counterweight)」

また、財政を緊縮させた分、金融政策を緩和させる(金利を引き下げる、もしくは紙幣を増刷する)こと(monetary easing)により、財政乗数は抑えることができるとされています。

すなわち、財政政策と金融政策をうまく組み合わせることで、経済への打撃を和らげることも理論上は可能なのです。



「ゼロ金利(near zero)」

ところが、先進国の金利はほぼゼロ。金融を緩和させるための金利引下げの余地は限りなく狭まっています(less room to act)。

紙幣増刷、もしくは国債買取などの手段は残されているにしろ、金利の下げ代がこれほど限定的な状況下にあっては、財政乗数が「3」を超える可能性も指摘されています。



「最悪のタイミング(less auspicious)」

さらに、多くの国が一斉に緊縮財政に走ることも、財政乗数を大きくしてしまいました。

というのも、開かれた経済(open economies)において、緊縮財政の打撃は他国に転嫁することも考えられたわけですが、みんなが一斉にやってしまったため(at once)、そのハケ口がなくなってしまったのです(couldn't easily be deflected elsewhere)。



「大問題のユーロ圏(big problem in the euro zone)」

とりわけ問題が大きくなってしまったのが、ユーロ圏です。なぜなら、共通通貨を持つがゆえに、弱い国だけが通貨の価値を切り下げる(devalue)ということも叶わなかったのです。

つまり、金利の引き下げ効果も小さければ、通貨による吸収力もほとんどなかったわけです。皮肉にも、最も弾力性に欠くこの地域が一番緊縮に熱心だったりするのですが…。



「失業率と貯蓄率の高さ(unemployment and saving were high)」

また、政府の緊縮にともなって期待された民間部門へのリソース開放にしても、うまく機能しませんでした。

失業率が高い状況下、民間企業は積極性を欠いており、投資よりも貯蓄(saving)に走ってしまったのです。



「過小評価(underestimated)」

当然、IMF(国際通貨基金)もこうした負の要素を認識し、警告もしていました。しかし、それでもIMFが緊縮財政による負のスパイラルを過小評価していたことは否めません。

2年前に財政乗数を「0.5」としていたIMFですが、実際には「0.9〜1.7」。つまり、予測よりも2倍も3倍も緊縮財政は世界に悪影響をもたらしてしまったのです。

結果的にIMFは、GDP比1%の緊縮に対する成長率を1%も過大評価してしまっていたことが明らかになってます。



「早急な緊縮財政(rapid belt-tightening)」

2年前に予測されたよりも、経済の苦境(hardship)は厳しいものであり、そのため、各国政府による財政再建も予想より進んでいません。

早急な緊縮財政(rapid belt-tightening)は表面的には赤字の数字を減らしてくれました。しかしそれは、今後の糧となるはずの経済成長を犠牲としたものでもあったのです。



「こうなることは分かっていたはずだ(it should have seen this coming)」

財政乗数を厳しく見積り、緊縮財政に反対し続けてきた人々は、こうなることは分かっていたはずだ(it should have seen this coming)と、IMFを批判します。

こんな映画を見たことがあるだろう、と彼らは言います。倒したと思っていた敵(foe)がじつは死んでおらず、背を向けた途端にふたたび襲ってくるという展開です。



2年前に死んだと思っていた景気後退は、じつはしぶとく生き続けていました。緊縮財政という美味しいエサをもらいながら…。

一時的な景気刺激策で退治することのできなかったモンスター。その戦いはすっかり長期戦の様相を呈しています。



籠城という戦略は、どこからか援軍が来ることを前提にして成り立つと言われますが、今の世界的な緊縮財政のもとにあって、援軍はどこからやって来るのでしょうか。

前回は頼みの綱になった中国までも、籠城に向かいそうでありますが…。







英語原文:
Free exchange: No short cuts | The Economist


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2012年10月27日

人間が運転から解放される世界。自動走行車


行く手には、運転手のいない道路が…
The driverless road ahead

英国エコノミスト誌 2012年10月20日号より


「自動走行車(autonomous vehicles)」

自動走行車(autonomous vehicles)とは、人間の運転手を必要としない自動車。文字通り、「自動」の車です。

そんな夢のような車が公道を走る日が近づいているというのですが…。



「馬とラバ(horse and mule)」

今から100年前、道路といえば馬やラバ(horse and mule)のためのものでした。

その状況が一変するのが、大量生産された自動車(the mass-produced car)が登場してから。それ以来、さまざまなビジネスが新たに産声を上げました。



「爆発的なビジネス創造(an explosion of business creation)」

自動車メーカーや様々な部品メーカーから始まり、整備工場(the grage)、ガソリンスタンド、ショールーム…。そして、自動車産業に依存する関連ビジネス(car-dependent businesses)、駐車場にモーテル、郊外型のショッピングセンターなどなど。

その陰では、廃れゆくビジネスも…。馬具をつくっていた鍛冶屋(blacksmiths)や蹄鉄工(farriers)、馬車のムチの生産者(buggy-whip)などは徐々に姿を消していきました(faded away)。



「新たな自動車革命(another revolution on wheels)」

そして今、100年前の大革命に匹敵する新たな自動車革命(another revolution on wheels)が起きようとしています。それが、運転手のいない車(the driverless car)、自動走行車(autonomous car)です。

その革命がいつ起こるのか? 今は誰にも分かりません。盛んにテスト走行を繰り返してるグーグルは、10年後にも実用化できると考えているようですが、もっと時間がかかると言う人も少なくありません。



「自動車メーカーの危惧(carmakers' fear)」

現在の自動車メーカーの懸念は、若い人たちの自動車熱(love affair with the car)が冷めてしまっていることです。10代の若者たちはスマートフォンにばかり心を奪われています(smartphone-obsessed)。

もし、自動車の運転免許をとるという手間と費用(trouble and expense)がなかったら、若者たちはもっと自動車を欲しがるかもしれない。そんな淡い期待を、自動車メーカーは自動走行車(the self-driving car)に抱いているとのことです。



「渋滞する都市(congested cities)」

もし、自動走行車が一般化すれば、都市の渋滞は緩和されるとも言われています。

それは、コンピューター制御された自動走行車(automated cars)は、前の車にピッタリくっついて走ることができるからです(nose-to-tail)。つまり、既存の道路(exsisting roads)を隙間なく使うことができるのです。



「駐車スペース(parking spaces)」

また、自動走行車は乗っている人を降ろした後、自分で走り去ることもできるので、都市部の駐車スペース不足(the lack of parking spases)を解消できるかもしれません。


「迅速かつ安価(quicker and at lower cost)」

自動走行車にはハンドルやペダル(アクセル・ブレーキ)、その他、人間が操作する装置は不要になります。

そして、人間よりも交通事故(road accidents)を起こす確率が下がります(virtually crashless)。そのため、その車体はより軽量化できることになります(much lighter)。

すなわち、自動走行車の生産は従来の自動車よりも、迅速かつ安価(quicker and at lower cost)に行えるということです。



「社会的なインパクト(social implications)」

自動走行車が街を走る世界は、一体どうなるのでしょう?

バス会社は運転手のいらない自動走行バス(self-piloting coaches)を高速道に走らせ、都市間の鉄道(intercity railways)と競合するかもしれません。

自動走行のキャンピングカー(driverless Winnebagos)であれば、夜寝ている間にも勝手に自動車が目的地へ向かって走ってくれます。そのため、そうした旅行者にはホテルが必要なくなるでしょう(fewer hotel rooms)。

※「Winnebago(ウイニバーゴ)」というのは、アメリカのキャンピングカー・メーカー



「タクシー運転手(taxi drivers)」

残念ながら、タクシーの運転手は職を失ってしまいそうです。タクシーの送迎(pick-up and drop-off)はすべて自動で行われるようになるでしょう。

すでに、GM(ゼネラル・モーターズ)は自動走行車のプロトタイプ(2人乗り・蓄電池式)を発表しており、お客はスマートフォンでその車を呼び出せる(summon)とのことです。



「警察官いらず(the demise of the traffic cop)」

自動走行車はあらかじめ法律に則って走行するようにプログラムされるので、スピード違反や信号無視などの交通違反がなくなります。

また、街中に必要な駐車場の数も減るため、駐車場の管理人(the parking warden)や駐車場経営者も、今ほどは要らなくなります。



「自動車保険(driver insurance)」

人間がハンドルを握らなければ、人為的ミス(human error)による事故も起きません。すなわち、自動車の保険(insurance)が必要なくなるということです。

これは、年間200万人の交通事故による救急患者に追い立てられるアメリカの病院にとっては朗報でしょう。しかし、保険会社や仲介業者にとっては死亡通知です。



「道路標識、信号機、ガードレール(signs, signals and guard rails)」

道路標識(sings)、信号機(signals)、ガードレールなどは、人間のために必要な設備であり(designed for the human driver)、自動走行車には不要です。

すなわち、これらを製造するメーカーも不要になるということです(lose business)。



「休んだり、遊んだり(rest or play)」

運転から解放される人々は、通勤時間に休むことも仕事をすることもできるようになるでしょう。小さな子をもつ母親は、保育園や学校への送迎を自動走行車に一任することができます。

また、飲酒運転の心配もなくなるため、ひなびかけていた郊外のパブなどにも、夜の光が戻ってくるかもしれません。



「突飛?(far-fetched?)」

これらは果たして夢物語でしょうか。それとも実現可能な未来なのでしょうか。少しずつではありますが(in dribs and drabs)、自動走行車に近い車のエンジン音は市場に聞こえ始めています。

一定の速度をキープする自動操縦モード(cruise on autopilot)を備える車もあれば、入れにくい駐車スペース(awkward parking spaces)にすんなり駐車してくれる車もあります。また、自動でブレーキをかけて、衝突(collisions)を回避してくれる車も実際に販売されています。

こうした部分的な自動機能にお金を払っても良いと考えている人は少なくないのです(ready to pay)。



「事故防止能力(avoiding accidents)」

コンピューターによる事故防止(avoiding accidents)が人間の操作を勝るのならば、自動運転モード(self-drive mode)が標準となっていくでしょう。

人間が運転する方が危険なのであれば、手動運転(manual driving)が保険の適用外(uninsurable)となってしまうかもしれません。



「その日は、考えているよりも早くやって来る(it will come sooner than you think)」

自動走行車という未来は、思ったよりも早くやって来る可能性があります(sooner than you think)。ミシガン州のセンター・フォー・オートモーティブ・リサーチは報告書にそう結論付けています。

かつて、飛行機による国際線の定期運行(a regular international schedule)が始まったのは1919年。それはライト兄弟が少しだけ空に浮かんでから、わずか16年後の話です。



「得をしたり損をしたり(gain and lose)」

自動走行車という革命が起これば、確実に得をする人、損をする人が生まれます。

エレクトロニクス産業やソフトウェア企業は勝ち組となるのでしょうが、人間がハンドルを握る仕事に就いている人(whose job is to steer a vehicle)には厳しい時代となってしまうかもしれません。



あと10年後、世界の道路はどんな姿をしているのでしょう?

ただ夢想するばかりです(just imagine)。





英語原文:
Schumpeter: The driverless road ahead | The Economist

posted by エコノミストを読む人 at 13:46| Comment(0) | 企業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

内憂外患。沖縄とアメリカ軍基地、そして尖閣


蹂躙された沖縄
A feeling of violation

英国エコノミスト誌 2012年10月20日号より



「まずいタイミング(an awkward moment)」

アメリカ海軍の兵士2人が、沖縄の女性に性的暴行を加えた容疑(the alleged rape)で逮捕・送検されたのは、困ったタイミング(an awkward moment)に起こりました。

それは、沖縄の普天間基地にオスプレイという航空機(Osprey aircraft)が配備された時だったのです。ただでさえ激しかった住民の反対の火に、油が注がれてしまったのです。



「世界で最も危険な航空機(the world's most dangerous aircraft)」

オスプレイというのは、ヘリコプターのように垂直に離着陸することができる飛行機ですが、今年に入ってから、フロリダ州(アメリカ)とモロッコで事故を起こしています。

そのオスプレイが世界で最も危険な基地(the world's most dangerous base)と言われる沖縄の普天間基地に配置されたのです。



「不公正な印象(an unfair impression)」

アメリカ側は、オスプレイが危険(unsafe)だという印象(impression)は不公正だと繰り返します。データによれば、オスプレイはこれまでアメリカ軍が配備したほとんどの航空機よりも安全性の実績が高い(better safety record)のだそうです。

しかし、沖縄住民の脳裏には、2004年に基地の外の大学に墜落したアメリカ軍ヘリコプターが鮮明に蘇っています。いくらデータが安全性を示したからといって、過去にアメリカ軍ヘリコプターは沖縄に落ちているのです。



「呪われてている(cursed)」

140万人の沖縄の人々は、アメリカ軍に呪われている(cursed)と感じています。

そして、2万6,000人のアメリカ軍兵士(troops)もまた、不運に呪われていると感じているようです。



「軍事能力の飛躍的高まり(a huge boost to their capabilities)」

アメリカ軍が航空機オスプレイを沖縄に配備しようとするのは、その軍事能力を高めるためです。

従来の老朽化したヘリコプター(an ageing fleet)・シーナイトに比べると、オスプレイは飛行速度が2倍、積載量(the payload)は3倍、そして作戦範囲は4倍にも広がります。

具体的には、オスプレイを配備することで、懸念の尖閣諸島まで軍事能力が拡大することになるのです。



「日米同盟の中核(central to the security alliance)」

沖縄本島は日米の安全保障同盟(security alliance)の中核を成すため、日本に駐留する米軍の3分の2がここに集中しています(沖縄の国土面積は日本全体のわずか1%)。

そして、アメリカが軍事戦略(military strategy)をアジアに旋回(pivots)している今、沖縄の重要性はかつてないほどに高まっているのです(well-situated as ever)。



「理論以上の意味(more than theoretical)」

日本側としても今、中国(尖閣)・韓国(竹島)・ロシア(北方領土)の脅威を今、一度に受ける形となっており、日米同盟の重要性は強まるばかりです。

とりわけ、中国の軍事計画である第一列島線(first island chain)には、尖閣諸島どころか沖縄諸島までが含まれているのです。



「アメリカによる明言(America's assurance)」

現在、すでに尖閣諸島を巡って日中両国間には軋轢(row)が発生していますが、今のところ戦争にまで発展する可能性はほぼないと考えられています。

それは、アメリカが尖閣諸島を日米条約の対象である(the treaty covers the islands)と明言してくれているからでもあります。



「沖縄での怒り(resentment in Okinawa)」

ところが、防衛上の最重要地点の沖縄では、アメリカ軍基地に対する怒り(resentment)が高まっています。オスプレイ配備しかり、性的暴行しかり…。

もし、アメリカ軍基地の使用が認められなくなるのであれば、アメリカが日本を守るという条約は意味を成さなくなってしまいます。なぜなら、それがアメリカが日本を守る条件の一つであるからです。

国内には地元住民の怒り、国外には虎視眈々と狙う諸外国、日本政府はその板挟みとなっているというわけです。



「長年の恨み(old grudges)」

沖縄の長年の恨み(old grudges)は浅からぬものがあります。

1995年には、3人のアメリカ兵が12歳の少女を集団レイプする事件(the gang-rape)、2004年にはアメリカ軍のヘリコプター墜落事件。

「アメリカ兵は、沖縄を無法地帯とでも考えているのか?」と女性団体が訴えるように、沖縄が復帰してからの40年間で、5,700件もの刑事事件をアメリカ軍関係者は起こしています(うち120件は女性暴行)。



「新たな怒り(new anger)」

現在、航空機オスプレイの配備に反対する沖縄県民は80〜90%にも上ると推測されています(又吉進・沖縄県知事公室長)。

国防における日米同盟の重要性を十分に承知している人々(staunch supporters of the treaty)も例外ではないといいます。



「普天間基地の立地(topography of Futenma)」

住民の不安は、普天間基地そのものの立地(topography)に起因します。周辺地域で開発が進んだ結果、普天間基地は市街地のど真ん中に位置することになっているのです。

軍事基地と住宅地の異常な近さは、この基地をして「世界で最も危険な基地」と言わしめることとなってもいます。



「普天間基地の移転(to relocate Futenma)」

古くから認識されていた普天間基地の危険性により、2006年、日本政府は辺野古への移転でアメリカと合意しました(settled on)。

辺野古は比較的人口の少ない土地であり(less populated)、アメリカの評価でも最善とされる選択肢でした(the best of other options)。



「沖縄県外への移転(to shift the base off Okinawa)」

ところが、2009年に日本で政権交代が起こります。新たに誕生した民主党による政権は、前政権のアメリカとの合意をあっさり投げ捨ててしまいました。

そして、沖縄県内の辺野古ではなく沖縄県外への移転(relocation)を提案したのです。



「撤回(recantation)」

しかし残念ながら、民主党政権による新たな試みは、これまたあっさり挫折。沖縄県外への米軍基地移転を撤回することになります(recanted)。

民主党の甘いささやきにより、一度は県外への移転という期待が高まった沖縄県民。それが撤回されるや、もう新しい移転先が県内になることに、腹の虫が収まりません。抵抗運動はますます頑なにならざるを得ないのです(hardedned)。



「負担(burden)」

第二次世界大戦末期に戦場となり、大きな苦しみを味わってきた沖縄の人々は、その負担(burden)を必ず軽くすると長らく約束されていながら(long been promised)、いまだにその道筋は見えません。

負担が軽くなるどころか、オスプレイ配備やレイプ事件(the rape accusation)などなど、新たな苦しみも加わっています。東京にいる政治家のやることといったら、口先(lip-service)ばかりで、不信感は募るばかりです。



「天の恵み(a godsend)」

ある民主党議員は、オスプレイ配備(Ospreys' arrival)を天の恵み(a godsend)と喜んでいるといいます。

なぜなら、オスプレイの能力によって作戦範囲(range)を尖閣諸島にまで広げることができるからです。これは中国に対する大きな抑止力(deterrence towards China)となり得ます。



「現実的な脅威(real threats)」

確かに、中国との尖閣問題は、日本の安全保障上(to Japan's security)、現実的な脅威(real threats)です。

しかし、そのことが沖縄県民によるオスプレイ配備への反対(opposition)を和らげることにつながるのでしょうか?



「とんでもない理論の飛躍(a huge leap of logic)」

沖縄知事公室長の又吉進氏に言わせれば、それは「とんでもない理論の飛躍(a huge leap of logic)だ」ということになります。まったくの詭弁だと言うのです。

そもそも、沖縄に「基地がなければ起こることのなかった不幸」はあまたとあるのです。沖縄は国防上のスケープゴート(生け贄)とされることには、もうウンザリなのです。



「はるかなる夢(distant dreams)」

東京の政治家たちが理論をたくましく飛躍させるのならば、反対する沖縄の人々も、はるかなる夢(distant dreams)を酒席上で語ります。

沖縄の独立(Okinawan independence)という夢を…。







英語原文:
Banyan: A feeling of violation | The Economist

posted by エコノミストを読む人 at 08:19| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

内憂外患。沖縄とアメリカ軍基地、そして尖閣


蹂躙された沖縄
A feeling of violation

英国エコノミスト誌 2012年10月20日号より



「まずいタイミング(an awkward moment)」

アメリカ海軍の兵士2人が、沖縄の女性に性的暴行を加えた容疑(the alleged rape)で逮捕・送検されたのは、困ったタイミング(an awkward moment)に起こりました。

それは、沖縄の普天間基地にオスプレイという航空機(Osprey aircraft)が配備された時だったのです。ただでさえ激しかった住民の反対の火に、油が注がれてしまったのです。



「世界で最も危険な航空機(the world's most dangerous aircraft)」

オスプレイというのは、ヘリコプターのように垂直に離着陸することができる飛行機ですが、今年に入ってから、フロリダ州(アメリカ)とモロッコで事故を起こしています。

そのオスプレイが世界で最も危険な基地(the world's most dangerous base)と言われる沖縄の普天間基地に配置されたのです。



「不公正な印象(an unfair impression)」

アメリカ側は、オスプレイが危険(unsafe)だという印象(impression)は不公正だと繰り返します。データによれば、オスプレイはこれまでアメリカ軍が配備したほとんどの航空機よりも安全性の実績が高い(better safety record)のだそうです。

しかし、沖縄住民の脳裏には、2004年に基地の外の大学に墜落したアメリカ軍ヘリコプターが鮮明に蘇っています。いくらデータが安全性を示したからといって、過去にアメリカ軍ヘリコプターは沖縄に落ちているのです。



「呪われてている(cursed)」

140万人の沖縄の人々は、アメリカ軍に呪われている(cursed)と感じています。

そして、2万6,000人のアメリカ軍兵士(troops)もまた、不運に呪われていると感じているようです。



「軍事能力の飛躍的高まり(a huge boost to their capabilities)」

アメリカ軍が航空機オスプレイを沖縄に配備しようとするのは、その軍事能力を高めるためです。

従来の老朽化したヘリコプター(an ageing fleet)・シーナイトに比べると、オスプレイは飛行速度が2倍、積載量(the payload)は3倍、そして作戦範囲は4倍にも広がります。

具体的には、オスプレイを配備することで、懸念の尖閣諸島まで軍事能力が拡大することになるのです。



「日米同盟の中核(central to the security alliance)」

沖縄本島は日米の安全保障同盟(security alliance)の中核を成すため、日本に駐留する米軍の3分の2がここに集中しています(沖縄の国土面積は日本全体のわずか1%)。

そして、アメリカが軍事戦略(military strategy)をアジアに旋回(pivots)している今、沖縄の重要性はかつてないほどに高まっているのです(well-situated as ever)。



「理論以上の意味(more than theoretical)」

日本側としても今、中国(尖閣)・韓国(竹島)・ロシア(北方領土)の脅威を今、一度に受ける形となっており、日米同盟の重要性は強まるばかりです。

とりわけ、中国の軍事計画である第一列島線(first island chain)には、尖閣諸島どころか沖縄諸島までが含まれているのです。



「アメリカによる明言(America's assurance)」

現在、すでに尖閣諸島を巡って日中両国間には軋轢(row)が発生していますが、今のところ戦争にまで発展する可能性はほぼないと考えられています。

それは、アメリカが尖閣諸島を日米条約の対象である(the treaty covers the islands)と明言してくれているからでもあります。



「沖縄での怒り(resentment in Okinawa)」

ところが、防衛上の最重要地点の沖縄では、アメリカ軍基地に対する怒り(resentment)が高まっています。オスプレイ配備しかり、性的暴行しかり…。

もし、アメリカ軍基地の使用が認められなくなるのであれば、アメリカが日本を守るという条約は意味を成さなくなってしまいます。なぜなら、それがアメリカが日本を守る条件の一つであるからです。

国内には地元住民の怒り、国外には虎視眈々と狙う諸外国、日本政府はその板挟みとなっているというわけです。



「長年の恨み(old grudges)」

沖縄の長年の恨み(old grudges)は浅からぬものがあります。

1995年には、3人のアメリカ兵が12歳の少女を集団レイプする事件(the gang-rape)、2004年にはアメリカ軍のヘリコプター墜落事件。

「アメリカ兵は、沖縄を無法地帯とでも考えているのか?」と女性団体は訴えるように、沖縄が復帰してからの40年間で、5,700件もの刑事事件をアメリカ軍関係者は起こしています(うち120件は女性暴行)。



「新たな怒り(new anger)」

現在、航空機オスプレイの配備に反対する沖縄県民は80〜90%にも上ると推測されています(又吉進・沖縄県知事公室長)。

国防における日米同盟の重要性を十分に承知している人々(staunch supporters of the treaty)も例外ではないといいます。



「普天間基地の立地(topography of Futenma)」

住民の不安は、普天間基地そのものの立地(topography)に起因します。周辺地域で開発が進んだ結果、普天間基地は市街地のど真ん中に位置することになっているのです。

軍事基地と住宅地の異常な近さは、この基地をして「世界で最も危険な基地」と言わしめることとなっています。



「普天間基地の移転(to relocate Futenma)」

古くから認識されていた普天間基地の危険性により、2006年、日本政府は辺野古への移転でアメリカと合意しました(settled on)。

辺野古は比較的人口の少ない土地であり(less populated)、アメリカの評価でも最善とされる選択肢でした(the best of other options)。



「沖縄県外への移転(to shift the base off Okinawa)」

ところが、2009年に日本で政権交代が起こります。新たに誕生した民主党による政権は、前政権のアメリカとの合意をあっさり投げ捨ててしまいます。

そして、沖縄県内の辺野古ではなく沖縄県外への移転(relocation)を提案したのです。



「撤回(recantation)」

しかし残念ながら、民主党政権による新たな試みは、これまたあっさり挫折。沖縄県外への米軍基地移転を撤回することになります(recanted)。

民主党の甘いささやきにより、一度は県外への移転という期待が高まった沖縄県民。それが撤回されるや、もう新しい移転先が県内になることに、腹の虫が収まりません。抵抗運動はますます頑なにならざるを得ません(hardedned)。



「負担(burden)」

第二次世界大戦末期に戦場となり、大きな苦しみを味わってきた沖縄の人々は、その負担(burden)を必ず軽くすると長らく約束されていながら(long been promised)、いまだにその道筋は見えません。

負担が軽くなるどころか、オスプレイ配備やレイプ事件(the rape accusation)などなど、新たな苦しみも加わっています。東京にいる政治家のやることといったら、口先(lip-service)ばかりで、不信感は募るばかりです。



「天の恵み(a godsend)」

ある民主党議員は、オスプレイ配備(Ospreys' arrival)を天の恵み(a godsend)と喜んでいるといいます。

なぜなら、オスプレイの能力によって作戦範囲(range)を尖閣諸島にまで広げることができるからです。これは中国に対する大きな抑止力(deterrence towards China)となり得ます。



「現実的な脅威(real threats)」

確かに、中国との尖閣問題は、日本の安全保障上(to Japan's security)、現実的な脅威(real threats)です。

しかし、そのことが沖縄県民によるオスプレイ配備への反対(opposition)を和らげることにつながるのでしょうか?



「とんでもない理論の飛躍(a huge leap of logic)」

沖縄知事公室長の又吉進氏に言わせれば、それは「とんでもない理論の飛躍(a huge leap of logic)だ」ということになります。まったくの詭弁だと言うのです。

そもそも、沖縄に「基地がなければ起こることのなかった不幸」はあまたとあるのです。沖縄は国防上のスケープゴート(生け贄)とされることには、もうウンザリなのです。



「はるかなる夢(distant dreams)」

東京の政治家たちが理論をたくましく飛躍させるのならば、反対する沖縄の人々も、はるかなる夢(distant dreams)を酒席上で語ります。

沖縄の独立(Okinawan independence)という夢を…。






英語原文:
Banyan: A feeling of violation | The Economist

posted by エコノミストを読む人 at 08:19| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

移民に扉を開けたがらないイギリス


イギリスの移民:保守党の最も愚かな政策
Immigration : The Tories' barmiest policy

英国エコノミスト誌 2012年10月20日号より



「かつての栄光(former glory)」

イギリスのキャメロン首相は、「イギリスは過去の栄光(former glory)を二度と取り返せないかもしれない」と演説しました。

そして、唯一の希望(only hope)は「規制を削ぎ落とし(slice regulations)、起業家たち(entrepreneurial folk)が成功を収め、盛んに貿易することだ」と。



「立入禁止(keep out)」

しかし、イギリスの移民政策(an immigration policy)を見ると、この素晴らしい発言(a thumping statement)とは逆を行っているように思えます。

国境の港には「立入禁止(keep out)」の看板を立てているかのようであり、貿易拠点を要塞(a fortress)へと変えてしまいかねない政策が次々と打ち出されています。その結果、想像力あふれる起業家たちは抑圧され(stifling)、面倒くさいお役所手続き(red tape)ばかりが増えています。





「世界に通用する人材の争奪戦(the war for global talent)」

イギリスの保守党はこの2年間で、留学生や外国人労働者への入国・定住に対する規制を格段に強化しました。そのため、今では、イギリスに来て職に就く人数よりも、イギリスを去って他国で職に就く人数の方が多くなっています。

イギリスは、世界に通用する人材(global talent)の争奪戦に敗れ去ろうとしているだけでなく、戦いに参加しようとすらしていないかのようです(scarcely competing)。



「移民労働者と留学生(migrant workers and students)」

イギリスのテレサ・メイ内相は、移民労働者(migrant workers)と留学生(students)の数を制限しました(squeezed)。その結果、留学生ビザの発給件数は1年間で21%も減少してしまっています。

これらの人々は、イギリス経済を活性化させる可能性が最も高い(most likely to boost)と同時に、すぐにイギリスを去る可能性が最も高い(the most likely to leave soon)人々でもあります。つまり、イギリスは最も得難い人々をあっさりと締め出してしまったのです。



「国際教育(international education)」

国際教育(international education)というのは、イギリスの最重要輸出産業(export industries)であり、イギリスが世界的な競争力(a huge competitive advantage)を有していた分野でもありました。

ところが今、イギリスは世界から学生たちを集められなくなろうとしているのです(being starved)。



「官僚支配(bureaucracy)」

理論上(in theory)、イギリスの扉は、金持ちや極めて高い技術をもつ労働者(the most highly skilled)には開かれていることになっています。しかし実際は(in practice)、その手続きが面倒すぎて扉はなかなか開かないのです。

ビザを取得するために、あまりにも長い時間がかかるため、大企業ならば待てるかもしれませんが、中小企業はまず無理です。ハイテク企業など、移り気な人材(a flighty)を求める業種などは最も不利です(the worst position)。



「わずかな労働ビザの割り当て(meagre allocation of work visas)」

お役所手続きという迷路(the maze)を抜けても、特別な才能を有数する人々を対象とする労働ビザ(work visas)の割り当て(allocation)は、年間の上限(annual cap)が1,000件までと定められています。

昨年(2011)、幸運にもその迷路を抜けられたのは、37件だけだったそうです。



「敵意(hostility)」

イギリス政府はまるで、外国人に敵意(hostility)を見せるのに最大限の努力をしているかのようです。実際、そのために「必要な措置をすべて(all necessary steps)」講じる方向に向かっています。

それは、イギリスの人口を7,000万人以下に抑えるためだそうです。



「移動の自由(freedom of movement)」

EU(ヨーロッパ連合)のメンバーであるイギリスは、域内諸国での移動の自由(freedom of movement)を保証しているはずですが、キャメロン首相はそれを見直そうとしています(promised to review)。

しかし、EU諸国間の移動の自由を制限するためには、イギリスはEUを脱退する必要がありますが、イギリスは脱退の意思もないようです。つまり、これはパフォーマンスに過ぎず、「イギリス立入禁止」の看板にネオン灯を付け加えたようなものでした。



「破滅的(disastrous)」

こうした拒絶的なイギリスの移民制度は、破滅的(disastorous)だと言う政治家もいます。イギリスの成長戦略(growth strategy)を蝕んでいる、と。

しかし残念ながら、イギリス政府もイギリス国民も移民規制の緩和(a relaxation)を認めないだろうと、諦めてもいます。



「移民嫌い(xenophobic)」

確かに、イギリスでは移民(immigratiton)が嫌われているようです。

イギリス人の6割以上の人々が「移民のせいで、イギリス人の職が奪われている」と考え、イギリス人の7割以上の人々が「移民が公共サービスの負担になっている」と感じています。いずれもEU全体の平均を上回る移民嫌い(xenophobic)ぶりです。



「望ましい移民(desirable arrivals)」

しかし、イギリス人は望ましい移民(desirable arrivals)に対しては、だいぶ好感を持っているようです。望ましい移民というのは、熟練労働者(skilled workers)や留学生たちのことです。

不思議とイギリス人は、こうした望ましい移民とそれ以外の移民(the rest)を敏感に区別する傾向があるのだそうです。



「イギリスにとって有用な人財(an asset to Britain)」

イギリス人が望ましい移民と考えているのは、そうした人々がイギリスにとって有用な人材(an asset)であるということを理解しているからなのでしょう。

今は政府が一律に規制している移民ですが、場合によっては、最高学府(best institutions)の留学生に対しては就労条件を緩和するという対応も取れるでしょう。



「世界的な人気(global popularity)」

現在、若く才能ある外国人たちは、イギリスに留学すること、イギリスで商品を売ることに熱意(enthusiasm)を持っています。しかし、イギリスはその熱意に応えようとしていないかのようです。うかうかしていると、新興国の成長につれ、イギリスの人気(popularity)は落ちていくかもしれません。

競争の場であるこの世界で、イギリスは両足の靴ヒモを結び合わせまま走ろうとしている(Britain is trying to run with its shoelaces tied together)のでしょうか?



「動きの速い競争相手(much nimbler competitors)」

煩雑なお役所手続き(red tape)という靴ヒモで移民政策を縛ったままのイギリスはいずれ、ずっと動きの速い競争相手(much nimbler competitors)に抜かれていくこととなるかもしれません。

キャメロン首相は、イギリス唯一の希望が規制を削ぎ落とすことである、と明確に認識していながら、こと移民政策に関しては、大胆な方向転換(a bold U-turn)をする可能性は低そうです。







英語原文:
The Economist | Immigration : The Tories' barmiest policy

posted by エコノミストを読む人 at 18:03| Comment(1) | イギリス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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