アベノミクス、第3の矢
The third arrow of Abenomics
不発
Misfire
安倍首相の及び腰(a timid attempt)には、皆が失望している。
英国エコノミスト誌 2013年6月15日号より
「多大なる期待(great expectation)」
世界中から多大なる期待(great expectation)を寄せられていたアベノミクス。その待望の「第3の矢(the third arrow)」。
3本の矢の中でも、最も重要度が高く、熱望されていました(keenly awaited)。しかし、いざその内容が発表されると、その及び腰(its timidity)に多くの人がガッカリし、日本の株価はその失望分、下落してしまいました。
「3本の矢(the three arrow)」
1本目の矢は、日銀による金融改革(monetary revolution)という形で放たれ、新総裁に就任した黒田東彦氏が大量の現金(vast quantities of money)を市中に放出しました。
2本目の矢は、1本目の矢に負けず劣らずの劇的な財政出動(dramatic fiscal stimulus package)。その規模、なんと10兆3,000億円。
そして、3本目…。ヘロヘロと放たれたその矢は、アベノミクスそのものが早くも勢いを失った(already fizzling out)かと思わせる情けなさでした。
「日本の労働市場(Japan's labour market)」
改革派が3本目の矢に期待したことの一つは、日本の労働市場(Japan's labour market)の改革でした。
日本企業は、倒産寸前に追い込まれない限り、従業員の解雇(firing)を禁じられており、それが日本経済の長期にわたる停滞(its long slump)の原因にもなっていたからです。
「追い出し部屋(banishment rooms)」
日本の有名企業には「追い出し部屋(banishment rooms)」というのがあるそうで、厚生労働省(labour ministry)は、その悲惨な現状(the sad phenomenon)の調査に乗り出しています。
数百人の従業員は、その特別な部屋へと送り込まれ、日がな一日、仕事のない状況(little or nothing to do)を強いられていたのです。
「余剰人員(excess workers)」
解雇したくとも解雇できない余剰人員(excess workers)。それは、ほとんどの企業が抱える問題であり、追い出し部屋(banishment rooms)は彼らを自主退職(voluntary leaving)に追い込むことが目的とされていました。
そうした労働力のムダは、若手の雇用や昇給に企業が消極的(unwilling)になる理由の一つであり、その結果、日本経済の全体の給与水準も停滞していたのです。
「退職手当(severance pay)」
改革派(reformists)に言わせれば、そうした余剰人員に退職手当(severance pay)を支払うことにより、解雇への道を開くべきだということになります。
そうすれば、日本経済の長期的な成長(long-term economic performance)につながる、と。
「農地(farmland)」
農業改革も急務(urgent need)です。現状、農家の大部分は小規模(tiny plots)かつ兼業(part-time basis)で、競争力がありません(uncompetitive)。
企業が参入しようも、今の農地法のままでは農地(farmland)を借りることしかできず(only rent)、その他、厳しい規制(tight regulations)に縛られて身動き取れません。このままでは、自由貿易協定であるTPPの参加もおぼつかないのです。
「貧弱な企業統治(poor corporate governance)」
日本企業のコーポレート・ガバナンス(企業統治)は貧弱(poor)なことで知られていますが、その徹底的な見直し(overhaul)を求める声も高く上がっています。
たとえば、社外取締役(independent board directors)の起用を企業に義務づける法の整備などです。
「昔ながらの計画(the long tradition of multi-year)」
かように日本経済の課題は山積しているにも関わらず、アベノミクス「第3の矢」はそのどれにも届かない不十分なものでした(not go so far)。
その戦略は、昔ながらの計画(the long tradition of multi-year)をなぞるに終始するだけの、乏しい内容だったのです。
「解雇ルール(dismissal rules)」
改革の求められていた労働市場の解雇ルール(dismissal rules)は、なんの変更もなく、その代わりに限定正社員という第3の労働カテゴリーが設けられました。
限定正社員というのは、勤務地と労働内容をあらかじめ定められた正社員です。しかし、これは世界では一般的な形態であり、日本の正社員が今まで勤務地と労働内容を決められていなかったことの方が異例な条件でした。
「農地政策(policy on agriculture)」
農地政策(policy on agriculture)にも、ほとんど変化はありませんでした(unchanged)。
ただ、農地を引き受け企業に貸し出すことができる公共団体(public body)が新設されることは目新しいニュースでした。
「社外取締役(outside directors)」
企業に社外取締役(outside directors)を義務づけること(compulsory)も、実現しませんでした。
日本経団連は、社外からの監視(outside oversight)の強化には反対の姿勢を崩していません。ちなみに、経団連は自民党の強力な支持基盤(a strong backer)でもあります。
「野心的な目標(ambitions targets)」
それでも、なかには野心的な目標(ambitions targets)もありました。
たとえば、10年間で一人当たりの国民所得(income per person)を40%上昇させるといったものです。また、医薬品のオンライン販売(the sale of drugs online)の解禁などもそうでしょう。
「先進医療(advanced drugs)」
医薬品のオンライン販売は、日本医師会から抗議を受けたと言いますが、それでも実現に漕ぎ着けています。
また、今まで保険の適用外だった先進医療(advanced drugs)を受けてしまうと、残りの治療(the rest)までもが保険の適用外になってしまう混合医療の問題がありましたが、その範囲拡大が新たに盛り込まれました。しかし、これも医師会は猛烈に反対している(fiercely oppose)ようです。
「特区(special zones)」
規制がゆるく(deregulated)、税金の軽い特区(lightly taxed zones)の全国設置は、戦略の目玉(centerpiece)ともされました。
過去の政権において、そうした特区(special areas)は成功を収めています。たとえば、ロボット業界はロボットのテストを特区で行うことにより、その成果を上げてきました。
「極めて重要な選挙(crucial election)」
関係者(insiders)によれば、自民党内からは、安倍首相にあまり過激な発表はしないように(not too radical)とクギを刺されていたとのことです。
それは来月(7月)に極めて重要な参議院選挙(upper house of parliamento)が控えているためです。自民党は長年、農家や医師、企業などによる業界利益団体(special-interest groups)に大きく依存してきたのです。
「もっと鋭い3本目の矢(a sharper third arrow)」
田村耕太郎氏によれば、安倍首相はもっと鋭い3本目の矢(a sharper third arrow)を放つこともできた、と言います。なぜなら、対立政党(political opponents)が一様に力を失っているからです。
しかし結局、自民党は安全策をとりました。いつ気分を変えるかも分からない国民(a potentially fickle general public)を当てにするのではなく、選挙前のリスクを確実に回避してきたのです。
「選挙が終われば(after the election)」
7月の選挙で自民党が予想通りの結果を得れば、安倍政権はさらに一歩を踏み込むことができる(go much further)、と成長戦略(growth strategy)の策定に関わった人たちは口をそろえます。
とくに農業分野では、さらに抜本的な改革(more radical steps)がとられる、とあるメンバーは断言します。貿易自由化(free trade)につながるTPPは、日本経済の成長を最も後押しするものと期待されているのです。
「改革諮問会議(reform committees)」
安倍首相は成長戦略の策定に際し、いくつかの改革諮問会議(reform committees)を招集しています(日本経済再生本部や産業競争力会議)。
会議には、民間の企業経営者や経済学者、改革推進派らが名を連ね、そのメンバーの一人には竹中平蔵氏も含まれています。竹中氏は、郵政民営化への激しい反発(fierce opposition)と戦った小泉純一郎元首相の右腕だった人物(the right-hand man)です。
「アベノミクスへの熱狂(exuberance about Abenomics)」
そもそも、日本の株式市場をわずか半年足らずで80%以上も上昇させた勝因は、構造改革(structural reform)を旗頭にしたアベノミクスへの熱狂(exuberance)でした。
この点、3本目の矢がヘロヘロだったことが、株価の20%もの急落に直結したことは驚くべきことではありません。改革を成してこそのアベノミクスが、旧来の既存勢力に屈してしまったかに見えたからです。
「内閣改造(a cabinet reshuffle)」
選挙のために、ひとまず改革の手を緩めた安倍政権ですが、選挙後の9月には内閣改造(a cabinet reshuffle)も予想されています。これは転機としては十分です。
安倍氏が自民党総裁になった時、それは予想外の勝利(unexpectedly successful bid)であったため、現政権の閣僚(ministers)の中には、その勝利の見返りに(as a reward)席を与えられたような人もいます。
この点、もし内閣改造が行われれば、より熱心な改革派(keener reformer)が入閣することも考えられます。
「改革寄りの人々(pro-reformists)」
自民党の菅義偉(すが・よしひで)官房長官(chief cabinet secretary)は、改革を強力に支持しています(strongly backs reform)。
その菅官房長官は、誰よりも熱心な改革派(the most ardent advocate of change)である竹中平蔵氏とも近い関係にあります。
「既得権をもつ者(vested interests)」
しかし改革が中途半端に終わってしまうかもしれない懸念は消えません。
次の参議院選挙(upper house election)に出馬する自民党候補(candidates)の一部は、古い既得権(vested interests)をもつ人々に支えられているのです。候補者の公認条件は、郵政民営化(postal reform)を突きつけた小泉元首相ほどに厳しくはないのです。
「まだ的まで遠い(still a long way short of its target)」
アベノミクスが改革(reform)に集中できるかどうかは、依然定かでありません。その道を確かにするためには、自民党内部および既得権益者に向かっても、然るべき矢を射る必要もあるようです。
まだまだ的(its target)まで遠いアベノミクスの矢。その矢を勢いづかせるのは、改革への期待です。
その期待が潰えてしまう前に、どこかの的に当たればいいのですが…。
(了)
英語原文:
The third arrow of Abenomics: Misfire | The Economist