インド経済
なぜ、インドは怖気づいたのか
How India got its funk
インド経済は1991年以来、最大の窮地(its tightest spot)に陥っている。
英国エコノミスト誌2013年8月24日号より

「超低金利のカネ(ultra-cheap money)」
アメリカの中央銀行FRB(連邦準備理事会)は今年5月、近いうちに(soon)アメリカ国債の大量購入(vast purchases)を縮小し始めるとほのめかしました(hinted)。それまでFRBは、大量のドル紙幣を世界中にばらまいていましたが、そのボーナス・タイムがいよいよ終わりの時を迎えようとしているのです。
あわてた世界中の投資家たちは、新興国市場(emerging market)から一気に資金を引き上げ始めました。ブラジルやインドネシア、とりわけインドから。
「経済的な奇跡(economic miracle)」
少し前まで、インドは経済的な奇跡(economic miracle)に国が沸いていました。当時、インドのシン首相は、8〜9%という高成長がインドの巡航速度(cruising speed)だと誇らしげだったのです。
さらにシン首相は、「何世紀もの間、インド国民の宿命だった慢性的な貧困(chronic poverty)、無知(ignorance)、そして病気」の終焉までを予測していたのです。
「見通しは暗い(the outlook is difficult)」
ですが現在、シン首相はインドの今後の見通し(outlook)が下向いてしまったことを認めざるを得ません。
自国通貨ルピーは、ここ3ヶ月で13%下落(tumbled)。株式市場(stockmarket)は約25%もの急落(ドルベース)。借入金利(borrowing rates)はリーマン・ショックの頃の水準にまで戻ってしまいました。
「自己成就的なパニック(self-fulfilling panic)」
数字の低下にいらだった政府当局は、資本規制(capital controls)を強化。それは自国民が国外に資金を持ち出すのを防ぐことが目的だったのですが、外国人投資家をも怖がらせてしまいました。
そうした内外の不安が、自己成就的なパニック(self-fulfilling panic)を引き起こし、通貨ルピーはさらに下落、そしてインフレ(物価上昇)。こうしてインドは、1991年以来最大の国際収支危機(the balance-of-payments crisis)に陥ってしまったのです。
「致命的な慢心(deadly complacency)」
インドで起こっている経済惨事は、自国の力が及ばない(beyond its control)グローバルな流れに巻き込まれた部分があります。
とはいえ、インドには致命的ともいえる慢心(complacency)もありました。絶好調だった2003〜2008年の好況期(boom)に、政府は改革や自由化を怠っていたのです。交通網などインフラ整備はいまだ不十分であり、汚職(graft)や煩雑な手続き(red tape)などは、むしろ悪化していたのです。
「社会不安(civil unrest)」
現在、インドの経済成長率は4〜5%とかつての半分にまで減速。インフレ(物価上昇)率は10%と、どの経済大国よりも悪く、そのため民間企業は投資を削減しています(slashed)。
その姿は、期待された超大国(superpower)としてそれではなく、社会不安(civil unrest)が生じかねない危ういものとなってしまいました。
「経常赤字(the current-account deficit)」
通貨ルピーの下落はもとより、制限的な労働法(restrictive labour laws)や脆弱なインフラ(weak infrastructure)などにより、インド企業は輸出にまで打って出られません。裕福な国民もインフレ(物価上昇)を受け、金(gold)を輸入して殻に閉じこもる始末。
その結果、インドの経常赤字(deficit)は増大。穴埋めすべき外国資本(foreign capital)は来年2,500億ドル(約25兆円)にも及びます。これはどの新興国よりも巨額の数字です。
「改革の失敗(failure of reform)」
インドは何も、手をこまねいていただけではありません。一年前、新たに財務相(finance minister)となったチダムバラム氏は外国人投資家を支援しようと、ボトルネックの解消に乗り出していました。
ところが、党内からは中途半端な支持(lukewarm support)しか得られず、さらには野党からの妨害(opposition)にも直面し、同氏の経済に弾みをつけようとする試みは頓挫してしまっているのです。
「何も変わっていない(nothing has changed)」
結局、何も変わらなかった状況。国営銀行では不良債権(bad debts)が増加しており、融資残高の10〜12%がダメ(dud)になってしまっています。
発電用の燃料不足(fuel shortages)は、今後の成長をはばむ足かせです。
「よりポピュリスト的な政策(more populist tack)」
来年5月に選挙が予定されていることもあり、政府が今後、より目先の利益を国民に約束するポピュリスト的な政策(tack)に向かってしまうのではないかとの懸念があります。
食料助成金の支給(to subsidise food)など、費用のかかる政策(costly plan)が計画されているのです。
「裏目(backfire)」
政府の優先事項はこれ以上の悪化(rot)を食い止めることにあるわけですが、先の資本規制(capital controls)などは完全に裏目に出てしまいました(backfired)。
さらに政府は、空港から持ち込まれるテレビに関税(duties)を課すことにしましたが、これまた下手に出てしまうかもしれません(tinker runs deep)。
「変動相場制(float)」
1991年、インドがもう少しで国を破産させそうになった時(nearly bankrupted itself)、通貨ルピーは固定相場制(a pegged exchange rate)でした(それを守ろうとしたあまりの危機でもありましたが)。
今のルピーは変動相場制(floating)。通貨の下落(weaker)は、対外債務(foreign debt)を抱えた企業に大きな打撃を与えます。ですが幸い、インド政府には取り立てて言うほどの(to speak of)対外債務がなく、その支払能力(solvency)に対してまだ直接の脅威はありません。
「インフレの抑制(to control inflation)」
そのため、インド中央銀行は通貨ルピーの管理より、国内のインフレ(物価上昇)の抑制に注力する必要がありそうです。
通貨ルピーは揺れ動いているものの、まだその価値(fandamental value)が羽目を外すところ(overshot)まではいっていないようです。
「政府の税収(the government's tax take)」
インドの所得税(income tax)というのは、それを払っている国民がわずか3%しかいないという侘しいもの(puny)だそうです。
そんな税収(tax take)に乏しいインド政府の財政赤字(budget deficit)は現在、GDP(国内総生産)比で10%に拡大しています。財政を立て直す(in order)には、この数字を7%くらいまで抑制する必要がある、とエコノミスト誌は言います。
「新税(the proposed tax)」
新たな財源として、GSTと呼ばれる物品・サービス税(tax on goods and services)が提案されています。ですがそれは、党派間の際限ない協議(endless cross-party talks)にハマり込んでしまっているようです。
次の選挙までに、インド政府が長期的改革(long-term reform)を推進できるかどうか、難しいところです。
「ゾンビ銀行(the zombie bank)」
インド政府は、ゾンビ化している公的銀行(pablic-sector banks)の資本を増強する必要もあります。
赤字続きの政府にとって、それは思い切ったことかもしれませんが、それで信頼が(confidence)が高まるのであれば、それだけの価値がある(worth it)、とエコノミスト誌は言います。全面的な金融危機(a full-blown financial crisis)への恐れは、まだ燻っているのです。
「希望の光(glimmers of hope)」
今年7月の統計では、輸出が持ち直した(picked up)ことから貿易赤字(trade gap)が縮小しています。
ただ、神経質になっている世界市場(jittery global markets)にあって、それはまだ小さな光に過ぎません。
「雇用(find jobs)」
このままでは今後10年間、何千人ものインドの若者たちは何もないところ(where none corrently exit)から仕事を見つけなければなりません。
政府側がそうした雇用を創出するには、保護された産業(protected sector)、たとえば小売業などでの抜本的な規制緩和(radical deregulation)が求められます。また、石油や鉄道など国の独占企業(state monopolies)の解体、制限的な労働法の改革、インフラ整備(道路や港湾、電力)なども課題となるでしょう。
「プラスの遺産(positive legacy)」
1991年、インドを襲った国際収支の危機は、自由化改革(liberalising reform)につながるというプラスの遺産(positive legacy)も残してくれました。
そのおかげで、数十年におよんでいた停滞期(stagnation)に終止符が打たれ、その後、奇跡の急成長がインドに超大国への道を開いたのです。
「怖気(funk)」
インド経済の欠陥(flaws)が今回の自覚から対処されるのであれば、インドに眠る膨大な潜在能力(mighty potential)が解放されるかもしれません。
ただ今のところ、新たな改革には怖気づいている(got its funk)ようですが…。
(了)
英語原文:The Economist
India's economy: How India got its funk