2015年04月11日

リー・クワンユーとシンガポール



天然資源(natural resources)をもたない小さな島国、シンガポールが世界有数の豊かな国(one of the world's richest countries)に姿をかえることができたのは

リー・クワンユー(Lee Kuan Yew)氏の功績(the work)が大である。それは最も厳しい批評家(severest critics)でさえ認めざるをえない。

リー・クワンユーは、イギリスから自治(self-government)を獲得する1953年よりも前からシンガポールの指導者だった。そして1965年の独立から1990年までシンガポールの首相(prime minister)を務め、2011年まで内閣(the cabinet)に在籍していた。







リー・クワンユーには崇拝者(admirers)が多い。彼らにとってシンガポールはお手本(a model)であり、リー・クワンユーは賢人(a saga)である。そして欧米流の民主主義(Western-style democracy)に欠陥を見る。

欧米流の民主主義の欠陥(flaws)とは、短期主義(short-termism)、非有権者に対する無関心(disregard for non-voters)、不適格な指導者(unqualified leaders)などなど。

一方、シンガポールで実現した繁栄(prosperity)は、リー・クワンユーによる能力主義(meritocracy)、そして一党支配(one-party rule)である。とはいえ、それは独裁主義(authoritarianism)とは異なっている。







シンガポールの特徴は、小さな政府、開かれた経済、そしてシンプルな規制にある。

その結果、シンガポールは「ビジネスのしやすさ(ease of doing business)ランキング」でトップに立つことが珍しくない。ゆえにシンガポールには外国からの投資(foreign investment)が大量に流れ込んでいる。

そうしたシンガポールの開放性は、14世紀に無関税港(entrepot)として成功したことにはじまり、現在では世界の海上貿易(maritime trade)の40%が通過するマラッカ海峡(the Malacca Strait)に位置する利便性にある。



しかし、その開放性から1960年代には人種暴動(race riots)を経験した。

シンガポールでは中国系住民(ethnic-Chinese)が圧倒的多数(majority)を占め、マレー系(Malay)インド系(Indian)が少数民族(minorities)として存在する。

その暴動をへて、シンガポールには民族的な調和(ethnic harmony)が訪れた。そして現在、政治の安定(political stability)社会秩序(social order)がシンガポールの魅力となっている。







そうした安定は厳格な法の上に成り立つ。

違法行為(lawbreaking)には厳罰(harsh penalties)がまっている。体罰や死刑(corporal and capital punishment)だ。扇動的なスピーチ(inflammatory speech)なども制限されているため、ストライキなどの抗議行動(protest)はほとんど起きない。社会政策も反自由主義的(illiberal)で、同性愛(homosexual acts)なども許されない。

この一党支配、リー・クワンユーの創設した人民行動党(PAP, People's Action Party)はガッチリと権力を掌握している(a vice-like grip on power)。



シンガポールの政治制度は、本格的な野党(a serious opposition party)の出現を防止するようにできている。

大手メディア(the mainstream press)に自由は許されず、野党の指導者(opposition leaders)は破産に追い込まれる。PAP(人民行動党)はその評判を守るために名誉毀損の訴訟(defamation suits)を駆使する。小選挙区制(first-past-the-post system)の歪みは大きく、2011年の総選挙ではPAP(人民行動党)の得票率は60%にとどまったにも関わらず、90%を超える議席を確保した。







批判的な人々(critics)はシンガポールをこう評する。

「北朝鮮のようだ(like North Korea)」

「死刑のあるディズニーランド(Disneyland with death penalty)」



それでもシンガポールという都市国家(city-state)は繁栄した。一人あたりのGDP(国内総生産)は日本よりもずっと高い。アメリカよりも高い。

なんと、シンガポールにおいては自由(freedom)と繁栄(prosperity)が一体ではないのだ。

シンガポールにおける不自由は、繁栄や安定(stability)のために支払う小さな代償(a small price)にすぎない。



たとえば香港は、中国ではあるが中国でないゆえに(being China but not China)繁栄しているように、シンガポールは東南アジアにあるが東南アジア的でないゆえに(being in South-East but not of it)繁栄している。

シンガポール国民は、自分たちの小さな島が攻撃を受けやすい(valnerable)場所にあることを決して忘れない。周囲にはイスラム教徒が多数を占めるマレーシアやインドネシアがあり、自らの島も中国系住民が多数を占めている。







リー・クワンユーの功績の一つは、政府を極めてクリーンに(unusually clean)保ったことだ。閣僚(ministers)や公務員(civil servants)に高給(high salaries)を支払うことを約束し、官僚機構(bureaucracy)は曇りのない状態(untarnished)に保たれている。

政府の揺るぎなさのおかげで、シンガポールは大衆主義(populism)に陥ることなく、国の長期的利益(long-term interest)のために決断を下してきた。



だが、絶対的指導者だったリー・クワンユーが91歳でこの世を去った今、シンガポールにはいくつかの問題が芽生えはじめている。

シンガポールには子供がごく少ない。そして急速に高齢化している(aging fast)。政府による社会的支出(social spending)は増やさざるを得ないだろう。

経済成長は移民(immigration)に依存しているのだが、一部の国民は移民の流入(influx)を快く思っていない。自分たちの賃金が圧迫される、地下鉄で席をとれなくなる、と怒っている。



賢人(the wise man)の去った今

シンガポール・モデルは持続可能なのだろうか?













(了)






ソース
The Economist 「Lee Kuan Yew: The wise man of the East」
JB press 「リー・クワンユー: 東洋の賢人」



posted by エコノミストを読む人 at 18:38| Comment(0) | アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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