特許制度(patent system)を強化することが、必ずしも進歩を促進するとはかぎらない。
たとえば1970年、アメリカは農業分野の特許の範囲(the scope of patents)を拡大し、その保護を手厚くした。だが、期待された作物学(crop science)の活性化は見られることなく、その後、小麦の収穫が増加することもなかった。
本来、特許とは知識を広めるためにある。それゆえ、特許の保有者(patent-holders)はその内容を誰もが見られるよう、その詳細を提示することが義務付けられている。しかしながら、多くの特許内容は専門弁護士らによって不明瞭(obfuscation)にされてしまっている。
ちなみに、特許制度を悪用する人々をパテント・トロール(patent trolls)と呼ぶが、彼らが目論むのは、イノベーションを邪魔して、大企業などから戦利品の分け前(a share of the spoils)をくすねることである。
たとえば半導体ビジネスの新規参入者(newcomers)は、既存事業者(incumbents)からライセンスを購入しなければならず、そのための費用は2億ドル(約250億円)にも上ったという。
発明はイノベーションの爆発(bursts of innovation)をもたらすものであろう。しかしながら現在の特許制度は、既存事業者の優位性(advantages)を固定化(lock in)するために利用されているケースが少なくない。
特許をとるのには、ただでさえ金がかかる。それでも、その特許がイノベーションと繁栄をもたらすのであれば、高額な出費にも価値はあるだろう。だが残念ながら、そうはなっていないようだ。
たとえば2005年、アメリカで処方薬(prescription drugs)に支払われた2100億ドル(約26兆円)のうち、その4分の3は節約できた可能性があるそうだ。もし特許制度による一時的な独占状態(the temporary monopoly)がなければ。
英国エコノミスト誌は言う。
「欠陥のある特許制度(the flowed patent system)のせいで実現しないイノベーションがもたらす損害は、計り知れないほど大きい(incalculable)。現在の特許制度はアイディアに報いる方法として、あまりにも酷い」
特許保護(patent protection)は現在、TPP(環太平洋経済連携協定)などを通じて世界に広まる傾向がある。だが、この現実に対して同誌はこう意見する。
「目指すべきは特許制度の改善(to fix)であり、制度を広げることではない」
19世紀のイギリスで、エコノミスト誌は特許制度の完全廃止(abolition)を支持していた。仮に特許制度が廃止されたとしたら、薬や機械を発明しても自分のアイディアが他人に盗まれるのを指をくわえて見ているほかない。
「招いてもいない誰か(someone uninvited)が自分のリビングルームに引っ越してきたら、権利を侵害されたと感じるのは当然だろう」
特許の廃止は極端な例だが、個人の権利(the claim of the individual)と社会の利益(the interests of society)の折り合いをつける(striking the balance)のは、それほどに困難だ。
特許という知的財産(intellectual property)は、現在の知識経済(knowledge economy)にあって重要な位置を占める。それでも、財産権(property rights)は絶対でない。
たとえば政府は、個人の財産権を覆す(override)することが少なくない。課税による金銭の徴収、道路建設のための家屋撤去、土地の利用に関する規制…。むしろ知的財産という無形の権利は、実体のある財産(physical property)よりも社会的な共有が容易である。
英国エコノミスト誌は言う。
「二人の農民が同じ作物を収穫することはできないが、アイディアの場合は、元の所有者から略奪しなくても(without depriving)、模倣者がアイディアを再現することができる」
アイディアの共有(sharing)は、社会に大きな恩恵(huge benefits)をもたらす。
「ブルースがなければ、ジャズは生まれなかった(There would be no jazz without blues)」
そして、さらなるイノベーション(extra innovation)を生む。
「タッチスクリーン技術がなかったら、iPhoneは生まれなかっただろう(No iPhone without touchscreens)」
iPhoneに代表されるように、現代のイノベーションは既存のアイディア(existing ideas)の巧みな組み合わせ(the clever combination)であることが多い。アイディアが重なり合う(overlap)ことで、イノベーションの連鎖反応が起きる。アイディアこそが経済を動かす燃料だ。
だが、肝心の特許制度がアイディアに報いるどころか、阻害しているとしたら…。
エコノミスト誌は言う。
「資金や人手が足りない特許庁の役人たち(under-resourced patent-officers)は、裕福な特許専門の弁護士(well-heeled patent-lawyers)を相手に常に苦戦することになる」
アイディアには実体がない(intangible)。そしてイノベーションは複雑だ(complex)。ゆえに、発明において単純さは強みとなる(simplicity is a strength)。
エコノミスト誌は言う。
「そうした点を考えると、エレガントだが複雑な特許制度(an elegant but complex patent system)よりも、明快で大まかな制度(a clear, rough-and-ready one)のほうがいい」
政府においても同様。
「特許制度改革の狙いは、パテント・トロール(patent trolls)と、イノベーションを阻止する自己防衛的な特許保有者(defensive patent-holders)の一掃であるべきだ」とエコノミスト誌。
調査によれば、特許の40〜90%は、特許保有者による活用(exploite)やライセンス提供(license out)が一度もなされていないという。そうした特許はイノベーションを阻害する障害物にしかならない。
エコノミスト誌は言う。
「”使わなければ失う(use it or lose it)”という単純なルールを設けなければならない。成果物が市場に出ない場合には、特許が失効するような仕組みをつくる必要がある」
特許のアイディアが社会的に有用であるためには、アイディアの「非自明性(non-obvious)」が求められる。
たとえば、四隅が丸いタブレットの形に対する特許をアップル社は保有しているが、その形は果たして斬新なアイディアなのか? ツイッターは画面を下に引っ張って更新する特許(pull-to-refresh feed)をもっているが、これはどうか?
エコノミスト誌は言う。
「特許が与えられるべきなのは、壮大かつ斬新なアイディア(big, fresh ideas)に懸命に取り組む人だ。取るに足りない小さなもの(a tiddler)に書類を提出する人ではない」
特許の存続期間(20年)についても考えなければならない。
製薬業界(pharmaceutical industry)ならば、医薬品の治験を実施してから市場に出すまで10年以上を要する。ゆえに20年という保護期間は妥当かもしれない。だが、IT業界はどうか? 彼らのひらめき(brain wave)はあっという間に社会を変えていく。
エコノミスト誌は言う。
「動きの速い業界(fast-moving industries)に関しては、特許の存続期間(the length of patents)を徐々に短くしていくべきだ。そうしなければ、特許がイノベーションのペースに遅れをとってしまう」
たとえばグーグルは、ウェブサイトの検索に関する特許(検索結果をリンクしている他サイトの数を用いて順位づける手法)を1998年から独占的に保持し続けている。
現在の特許制度は、”進歩(progress)”という名のもとに運用されているはず。
しかし現実はどうか?
エコノミスト誌は言う。
「特許制度はイノベーションを進歩させるどころか、後退させている(set back)。今こそ、正すべき時だ(time to fix it)。特許はイノベーションの爆発(bursts of innovation)を促すべきだ」
(了)
出典:
The Economist「Innovation; Time to fix patents」
JB press「イノベーション:特許制度を是正せよ」