2015年04月10日

大学の金銭的価値やいかに?




現在の世界標準となっている近代的な大学(the modern university)はアメリカで生み出された。

それは、イギリス式(オックスブリッジ)の大学制度と、ドイツの研究機関(research institute)を融合させたものだった。



大学への寄付(fundraising)を求めた歴史上初めてのパンフレット(brochure)が残っている。

『我々が望み求めたもの(the things we longed for and looked for)の一つが、高等教育(to advance learning)と、それを後世に伝えること(to perpetuate it to posterity)である』

これは1643年、ハーバード・カレッジからイングランドへ送られたものだった。



アメリカで大衆向けの高等教育(mass higher education)が始まったのは19世紀。それらは20世紀にヨーロッパと東アジアに広まり、現在ではサハラ以南のアフリカを除く世界中で見られるようになっている。

世界の高等教育進学率(the global tertiary-enrolment ratio)は、2012年までの20年間で14%から32%に上昇した。この同じ時期、進学率が50%を超える国は5ヵ国から54ヵ国にまで急増している。大学進学率(University enrolment)は自動車の普及スピードよりも速い。

学位への熱意(the hunger for degrees)

それは中流階級(middle class)への入場券(an entry ticket)だから。







国(state)が資金を出すのか? それとも民間(private)か?

欧州大陸的なアプローチ(the continental European approach)は国が資金を出す。一方、世界中に広まったアメリカ式モデル(market-based American model)は、民間と公的機関が混在している。

市場原理は頂点(the top)と底辺(the bottom)に格差をもたらす。潤沢な資金に恵まれる最高クラスの大学では、多くの世界的発明が生み出されるが、そのコストはぐんぐん上昇せざるをえない。

『OECD(経済協力開発機構)諸国が高等教育に費やす金額は、2000年にはGDP(国内総生産)の1.3%だったが、最近では1.6%に増えている(The Economist誌)

今後も市場原理を基とするアメリカ式モデルが拡大していけば、この値はさらに上昇を続けるだろう。本家本元のアメリカではすでに、GDP比で2.7%にまで達している。



個人の負担も並々ではない。

『授業料(tuition fees)はこの20年間で、実質ベースで2倍近くにまで跳ね上がった。学生が抱える借金(student debt)は全体で1兆2,000億ドル(約150兆円)近くに達し、クレジットカードの債務や自動車ローンの残高を上回っている(The Economist誌)






それだけの投資に見合う成果は、高等教育から上がっているのか?

幸いアメリカの大学は世界ランキングのトップ20のうち、じつに19校を占めている。しかし、ここにも格差の影が深い。アメリカの大学生のうちの45%は、入学後2年間で進歩が見られず(no gain)、大学卒業生(graduates)の平均的な成績も芳しくない(score poorly)。

個人レベルで見ると、大学の学士号(bachelor's degree)をもっていれば平均で収入が15%アップする(a 15% return)という統計がある。ちなみに、雇用者たちが名門大学(prestigious universities)の卒業生を採用するのは、大学で学んだことを評価しているのではなく、こうした教育機関の厳しい選考過程(tough selection procedures)を突破したことを高く買っているためだという

『つまり学生たちは、とても複雑な淘汰システム(a very elaborate sorting mechanism)を通過するためだけに、多額の費用を払っている可能性があるということだ(The Economist誌)』



支払う学費に見合うだけの価値(value for money)が、果たして大学側にあるのか?

残念ながら教育の成果(educational output)を測定する明確な基準がない。そのため、そこにかけられた金額だけが大学の質ということにすり替わってしまう(proxy for quality)。つまり、一流大学は多くのカネをとるほど名声があがることになる。

そして難関校の学位は、その数が少ないほど希少価値(scarcity)が上がるため、一流大学ほど卒業生を増やす動機がほとんどない(little incentive)。高等教育市場(higher-education market)は、かくも歪んでいるのである。






一部の国や機関では、教育の具体的成果(educational outcomes)を求めはじめている。

OECD(経済協力開発機構)は中等教育(secondary education)の学習到達度調査(PISA)をすでに始めている。高等教育に対する学習成果調査は試験段階にあるものの、専攻テーマに関する知識(subject knouledge)推論能力(reasoning ability)が試されている。

しかし、こうした調査は先進国に歓迎されない。なぜなら彼らは得るものが少なく失うものが多い(more to lose and less to gain)からだ。一方、これからのアジア諸国は大いに積極的(keen)である。中南米においても共通テスト(a common test)を実施する動きが広がっている。



『22歳の学生の学力を測るのは、12歳の生徒の場合よりも難しい』

"Testing 22-year-olds is harder than testing 12-year-olds".

『情報がもっと増えれば、高等教育市場はもっとうまく機能するはずだ』

"More information would make the higher-education market work better".

『学費相応の価値を提供できない大学からは、学生が去っていくだろう』













(了)






ソース:
The Economist「University; The world is going to university
JB press 「世界で進む大学教育の大衆化: その価値はあるのか



posted by エコノミストを読む人 at 17:37| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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